前回紹介したサン・ヴィターレ聖堂のすぐ隣に、小さいながら絶対に見逃すことができない、美しいモザイクのあるお墓があります。
ガラ・プラキディア霊廟です。
ガラ・プラキディアとは誰ぞや?と言いますと、4世紀末に生まれた、簡単に言うとお姫様です。
イタリア語版wikipediaを見ますと、そのあまりにも高貴な身の上にちょっとびっくりします。
要するに親はもちろんのこと、兄弟親戚みーんな、どっかの王様なんです。
筋金入りのお姫様。
ただ、この時代の歴史上の人物の名前をきちんと理解するのは・・・相当骨が折れる作業です。少なくとも、私には。
親子や孫に同じ名前、付けすぎ(苦笑)
身の上を読んでいると、必ず途中で「え?これ誰だっけ?」ってことになります・・・。
そんなわけで彼女の詳しい生い立ちや人生についての説明はその筋の詳しい人に任せるとして。。。
皇女ガッラの名を有名にしたのは、まず間違いなくこのお墓のモザイクでしょう。
そのくらい、彼女の霊廟は美しいんです。
私がガラ・プラキディアをちょっと好きだなと思うのは、こんなエピソードがあるから。
ガラが成人して、永遠の都ローマに居た時のこと。
当時宮廷はラヴェンナにあったので皇帝本人(ガラの異母兄)はローマにはいなかったんだけど、まぁ色々あってローマは敵である西ゴート族の襲撃に遭い、陥落。
ローマは散々略奪され、美しいガラも蛮族である西ゴート族の捕虜となり、連れ去られてしまいました。
高貴な身の上、筋金入りのお姫様のガラが、敵の捕虜に!
そりゃもちろん悲劇だったわけですが、なんと彼女、捕らえられた先で敵王の弟であるアタウルフと恋に落ちてしまうのです。
捕虜になったのは、あながち、悪いことだけではなかった模様。
敵である西ゴート族の王には子供がなく、弟のアタウルフは実質、時期後継者。
つまりガラは敵軍の時期王様と恋に落ちたというわけです。
蛮族を忌み嫌っていた皇帝(ガラの異母兄)はこの若い二人の恋に猛反対して、ガラ不在のまま彼女の婚約者を勝手に決めてしまったり、色々抵抗するのですが、まぁ結局はどうにもならず。
実際、皇帝の妹であるガラと、強力な部隊を持つ蛮族の王(の弟)であるアタウルフが結婚することは、政治的にも都合が良かったのです。
2人の強い情熱と、アタウルフの活躍により、遂に皇帝も折れて結婚の許可を出します。
2人の結婚式はそりゃあもう華やかに執り行われ、花嫁への贈り物として、ローマで略奪した金銀宝石の数々が贈られました。
そう、ガラを捕らえて捕虜にした時略奪したローマの品々は、こうして平和的に愛の力によってローマに帰ったのです。
・・・
映画みたいなロマンチックな話だけど、本当の話。
ガラの幸せは長続きはしなくて子供も早くに死んでしまったし、その後も未亡人になったり再婚させられたり、摂政になったり、なんと最終的に皇帝である兄その人から求婚されて逃げたり、波瀾万丈な人生を送ったのですが、詳しいことが気になる人はネットで調べてください(爆)
そうそう、一つだけ付け加えておくと、残念ながらこの霊廟の中に彼女の遺体はありません。
お墓として作られたことはほぼ間違いなさそうですが、手違いがあって、一説によると彼女の遺体はローマに取り残されたようです。
もしくは、一度は埋葬されたものの、火災によって焼失したという説も。
詳しいことは今となってはわかりませんが、彼女のために用意されたこの美しいお墓が現在空っぽであることだけは確かです。
しかしながら、この霊廟の厳かな雰囲気は、「たとえ体がどこにあろうと、彼女の魂はやはりここに眠ったのだ」という気持ちにさせられます。
今から1500年も昔の、強く美しい一人のお姫様のお話でした。
コメントをお書きください